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コラム
跳びやすい「なわとび」?
跳びやすい「なわとび」?
とある春の日。小学校のグラウンドの隅で、私たちはある子供に釘付けになっていました。そこには、まだ小学3年生の男の子が、3重跳びをまるで呼吸をするかのように軽やかに跳んでいる姿があったのです。
「えっ…今、3重跳びしてたよな?」
何度見ても、それは紛れもなく3回のロープが足を通り抜けている。しかも、息切れ一つしていない。私たちが驚いたのは、その跳躍力や技術だけではありませんでした。彼が手にしていた“縄跳び”が、どう見ても100円ショップ買ってきた、いわばおもちゃのような縄跳びだったからです。
当時の私たちは、“跳びやすいなわとび”を開発するため、毎日のように試作を重ねていました。グリップの長さ、ロープの太さ、材質のしなり具合。秒単位の回転速度を測定したり、汗で滑らないグリップを研究したりと、それはそれは真剣でした。
だからこそ、「これはチャンスだ」と思ったのです。
その少年に、我々イチオシの“最新モデル”を手渡しました。
「これ、跳んでみて」
少年は一瞬キョトンとした顔をしましたが、すぐに素直にそのなわとびを握り、構え、跳び始めました。
……3回。
たった3回跳んだその少年は、無言でなわとびを放り投げました。
「これ、跳びにくい」
その一言を残して、彼はすぐにいつもの100均の縄跳びに持ち替え、楽しそうに跳び続けました。
私たちは言葉を失いました。
雷に打たれたような衝撃でした。
何十通りもの設計と素材の組み合わせを試し、「これこそ最高傑作だ」と思い込んでいた私たちの“自信作”が、たった「3回」で子どもに拒否されたのです。
でもこの出来事は、私たちの“本当の意味での研究”の始まりでもありました。
「跳びやすい」とは、スペックではない。素材や構造、数値の最適化だけでは語れない、“感覚”や“体験”に寄り添った視点が抜けていたのではないか。
その日から、私たちは「誰が、いつ、どこで、どんなふうに」縄跳びを跳んでいるのかを徹底的に観察し、研究するようになりました。現場の子どもたちの動き、跳び方のクセ、持ち方、地面の硬さ――“跳ぶ”という行為をゼロから見直す日々が始まったのです。
そして気づきました。
「跳びやすいなわとび」は、
“作る側”の理想ではなく、
“使う側”のリアルから生まれるべきものだということに。
私たちのなわとび開発は、あの少年のたった一言から、ようやく本質に向き合い始めたのでした。